記憶と記録

知研活動3か年を振り返って

NPO 知研・岡山の3年間の歩み

知研・岡山事務局 万代 勉

平成12年以前の活動状況
平成13年1月例会から前回までの活動状況
平成13年の活動計画

岡山支部の発足

「知的生産の技術研究会」が岡山に支部を立ち上げ、その記念講演会を開いたのは、98年5月であった。それから、今年5月で丸3年、その間に主催した行事はちょうど30回に達した。

偶然山陽新聞の記事でその講演会を知って参加し、そのまま企画や運営にもたずさわることになって、改めてこの会の豊かさ、楽しさをかみしめているところである。

「知的生産の技術研究会」は、かつてのベストセラー岩波新書の『知的生産の技術』 (梅棹忠夫著)に共鳴した人々の交流・研鑚を目的として結成された。東京本部を中核として、機関紙「ちけんだいがく」のもとに、全国9支部と東京本部を拠点とする4部会によって活動している。

昨年8月にはNPOに認可され、ますますその公益性が認められつつある。この会は、その運営が各支部の独自性に任されている。岡山支部は発足当時から、知的関心を分かち合う仲間のための開かれた会をめざして、だれでもいつでも気軽に参加したりしなかったりできるよう、10人の幹事のボランティア活動によって、例会費だけで運営を続けてきている。

知研・岡山事務局 万代氏

多彩な例会30回

岡山支部は、最初から固定的な理念や信条を持って発足したものではない。

しかし、3年間30回の例会を積み重ねる中で、おのずからなるカラーを培ってきたように思う。まず例会の形態としては、もっとも多いのが講演会で16回、講演になんらかの実習や演習が伴うもの5回、「おでかけ隊」と称する現地体験会7回、読書会2回と融通無碍の変化に富んだ企画を持つことができた。

知的生産への視野を広める

内容的には、まず、会のメインテーマともいえる「知的生産・情報」にかかわる企画が上げられる。発会記念例会の重里俊行大阪産業大教授による「脱常識のすすめ」は東京中心の「常識」文化に対する、上方の実践的庶民文化の復権を宣言したものとして、「知研」発足にふさわしい企画であった。

これを皮切りに、岡山県立大学山北次郎教授、県企画振興部参与新免國夫さん、NTT西日本岡山支店斎藤哲巳副支店長によるセミナー「トップレディーとおじさんのためのインターネット」をはじめ、久恒啓一宮城大学教授の「図解による知的生産の技術」と銘うった即戦力を培う図解法の講義と実習、3周年記念例会の『週末の達人』などの著作を持つ経済産業省、知研達人サロン小石雄一さんの「IT時代の創造的な生き方」などの本格的な講演を持つことができた。

それと同時に、地元の各分野でユニークな仕事をしておられる多くの方に登場していただくことができた。

先輩の知恵から学ぶ

とりわけ、生涯を誠実にその道一筋に生きられた方の人生訓には汲めども尽きぬ味わいがあった。

県警トップとして現場で活躍後、大学で法学の講義を担当されている山本正夫さんの「実践的幸福論」は、偏差値教育では見落とされている愛とその自然な表出である笑顔とあいさつ、その根底にある「生かされてあることへの感謝の念」を取り戻したいと語りかけられた。聴力を失った奥様の介護体験を通しての訴えとして心に残っている。

同じ課題を旭テクネイオン顧問の村岡正則さんは「豊かなこころ――教育的視点からの問題提起――」として、東西の歴史的視点を踏まえながら、戦後教育の制度的弊害を統計的視野から分析する一方で、岡山に親しい民話「ももたろう」の知恵と、池田候が残した閑谷黌の精神にこそ学ばねばならないことを説かれ、岡山県人の奮起を促されたのであった。

林原・国際開発グループ主幹のパキスタン人モハマッド・ライースさんは異文化や外国人に対する日本人の固定観念が国際化の障害となっている点を指摘された。

そのとき、いみじくも村岡さんが話題とされた「ももたろう」に言及、ももたろうは知恵(猿)と忠誠(犬) と先見(きじ)のまとめ役である、と日本人の理想像を指摘されたのはおどろきであった。

健康づくりから福祉まで

時代の要請である福祉・健康づくりなどの分野では、本水昌二岡大教授による化学の視野からみた「地球環境・未来からの預かりもの」、トレーニング法の実習なども伴った、健康づくりセンター所長藤井昌史さんによる「健康づくりのための心と体の処方箋」、救命救急士佐藤伸一さんによる「あなたの大切な家族が倒れたら」などの実践的な課題に取り組む企画とともに、倉敷市役所の中野宏子さんの「介護保険のすべて」などによって、制度開始を目前にした介護担当者の苦悩も知ることができた。

デジタル・カッフェで開いた、「障害者やお年寄りのためのインターネット体験会」では、音声入力のできるパソコンの実演に車椅子の方も参加されたし、倉敷市の手話の講座等で自らの聴覚障害を克服して活躍中の東ひさみさんの講演「私の生き方――障害なんか!」では、「障害は不便ではあるが、不幸ではない」と言い切る東さんのたくましい姿にかえって生きる勇気を与えられもした。

吉備の文化を尋ねて

また、古代吉備の歴史の懐に抱かれた岡山、豊かな文化を育てつつある岡山やその周辺をより深く学ぼうと、神野力さんによる「吉備の國の物語」でレクチャーを受けた後、第一平田学園の平田眞一さんの案内で、二度にわたり出雲のたたらカマ出しを見学した。残雪の残る島根県横田町の工場で赤鬼の誕生を思わせる赤黒い鉄の塊が砂鉄から誕生する姿は、古事記の世界を想起させるものであった。

また、総社市埋蔵文化財学習の館館長村上幸雄さんの案内で鬼ノ城を半日かけて探索し、異国の地で山城を作ったであろう韓の国からの渡来人に思いを馳せることもできた。

ベネッセコーポレーションの今西正和さんの計らいで、直島文化村を訪れ、瀬戸内海の星空を仰ぎ、現代美術と民家が融合した不思議空間を体験し、近郷の宮々から夜を徹して繰り出してくる神輿にたくましい里人の連帯を体感した加茂大祭の見学、ミリ単位の技に挑む森田英雄さんによる天領うちわの実習、チボリ公園を「運営」という視点から探るユニークな試みも持てたし、今年11月には、名園後楽園を徹底解剖していただく催しも企画している。

音楽・マンガ・戦争体験

中林純眞さんによるフラメンコの調べにのせたジプシーとのロマンに酔った「ギタートーク・心の旅より」、いがらしゆみこ美術館での「アニメから見る現代社会」のトークとその後でのなごやかな懇親会など、知的生活がけっして知識偏重でも、コンピュータおたくでもないことを示したユニークな企画となった。

そして、期せずして二人の語りからにじみ出てきたものは、現代の豊かさがもたらしている社会的なひずみへの言及であった。

その意味で、泰緬鉄道の捕虜虐待への償い、アジア諸国や太平洋の水底に放置されている戦友の遺骨蒐集と慰霊を訴えつづけておられる永瀬隆さんの「山征かば草生す屍」の講演は、われわれとその政府が、戦後なさねばならぬ大切なことをいかに多く置き去りにしてきたかを思い起こす貴重な機会になった。

いがらしゆみこ美術館にて

仕事に生かせる企画の数々

会員の多くは30代から50代までの男性であるが、若い女性や大学生も混じり、直ちに日常の仕事や研究に生かそうという意気ごみも強い。岡山財界の実力者、両備グループを率いる小嶋光信両備バス社長の、「21世紀日本の四つの課題」は、企業人の郷土と日本に寄せる並々ならぬ愛情をみなぎらせた2時間であり、つめかけた会員に意識改革を迫るものであった。

山陽新聞の売れっ子女性記者、清水玲子さんの「こうのとりふわりの取材をとおして見えたもの」が教育の危機と女性の社会参加の状況を読者からの反応などを紹介しながら解説されたのに対しては、当日特に多かった女性参加者から鋭い意見が続出したし、ISO主任審査員の手銭克巳さんの森永事件、雪印乳業の事件などの分析を通して危機管理体制の大切さを説かれたのに対しては、出席者からはISO資格取得の具体的な手ほどきなどに質問が集中した。

こうした実務に直結する内容のものとしては、中国銀行広報室長木村泰三さんの「基礎からわかるお金の話」、 Tis添乗員の大野亜希子さんなどによる「面白ウォッチング」と題する旅行の秘訣集、開催予定の岡本憲彦弁護士の「降りかかる火の粉は自ら払う――悪徳商法撃退法」など多彩なものになっている。

主体的な取り組み 知研読書会

講演会といえば、有名な講師のお話をありがたく拝聴するということになりやすい中で、「知研」の活動には、ともかく主体的に内容を受け止め、明日への力としたいという願いが込められている。

そのもっとも象徴的な活動が読書会の開催である。

毎年一回開く予定で、一昨年は、武田修志さんの「人生の価値を考える――極限状況における人間」を取り上げたが、「戦艦大和の最期」「夜と霧」などに話題が集中、思わぬ熟年と若者との戦争体験の交換会ともなった。

昨年は、講演をお願いした村上和雄さんの「人生の暗号」と「生命の暗号」に挑み、「サムシンググレート」が意味する生命の神秘への畏敬などについて、講演の内容をさらに深めることができた。

今年は、文化都市倉敷の生みの親、大原孫三郎の伝記「おれの目には十年先が見える」を取り上げる予定にしている。

新しい出会いに生き甲斐

こうした3か年の歩みを振り返って、私にとって知研活動とは何であったのか、まことに個人的な見解となることを許していただきたい。

退職後、過ぎこし日々の回顧と、激務から抜け出た虚脱感と安心感の入り混じった惰眠の毎日になるところ、今は月一回の例会に、今度はどんな人との出会いが待っているであろうか、どんな思いがけぬ知見が得られるであろうかと、待ち望む日々がある。 しかも、人任せでない、自分たちで捜し求めてさまざまな企画を生み出すことの喜びも加わる。

ありがたいことに現職のとき、数万人の若い人たちと出会い、全国各地各界でそれぞれの歩みを続けている教え子たちから、もっとも新しい知恵を授けてもらう機会を得、教え子たちに新しい活躍の場を提供することもできる。

今後の課題 NPOへ向けて

失礼を省みず言えば、講演会等にでかけても、今や知的関心のあるのは女性と熟年の人たちだけかと思われるほど、その参加者が片寄っているのが現実である。

それが、こと「知研」の例会に限り、その大半はまさに企業の最前線にある人々であり、そうした人々が、かならずしも明日の活動に直接の利害をもたらさない企画にもすすんで参加される姿に、岡山人の知的関心の高さを改めて思い知らされる思いがする。 「知研」が昨夏、東京都からNPO団体として認可された。これによって、支部組織であった岡山は「知的生産の技術研究会・岡山」として活動することになった。

今まで、自己研鑚の場、職場を異にする人たちの自由な交流の場として発展してきたが、今後は身の丈にあった形での地域への貢献をすることも視野に入れて、活動の場を広げてゆきたいものだと思う。

義務教育段階での総合学習への手助け、IT時代を迎えて入り口で立ちすくんでいる高齢者や家庭の人たちへの相談業務など、いわゆるボランティアとは一味違ったところで、地味ながら着実な人的ネツトワークを構築していきたいものである。

2001.5.21 記

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